アニミズムとスピリチュアル

 スピリチュアルという言葉自体は新語ですが、元々アニミズム信仰のようなものは世界各地に存在しており、「霊的」なものへの関心は現代でも存続しています。またスピリチュアル業界でよく説かれる人生訓のような話は、それこそ様々な世界で提供されてきたのであって、スピリチュアルに特有のものではありません。例えば、「困っている家族、友人を助けましょう」「余分なものを他人と分かち合いましょう」といった説教は、学校や家庭や社会で、誰もが一度は耳にしているはずです。つまり一種の道徳教育なのですが、スピリチュアルではこれを「大いなる力に対する畏怖」という概念に置換することで、新奇なものという印象を持たせるのです。

 良心に従うことを勧めているわけですから、特に咎めるような話でもありません。たとえ「大いなる力」とやらに結び付けるのがスピリチュアルだとしても、子どもの頃に「悪いことをすると神様に怒られる」と教育されてきた我々が、非難できるものでもないでしょう。つまりスピリチュアルと同根の道徳教育を誰もが受けてきた以上、鬼の首を取ったかのように批判するのもどうかと思われるのです。

 ではスピリチュアルには本当に批判すべき点が無いのでしょうか。スピリチュアル業界でよく聞く話を纏めてみることで、その辺りを探ってみたいと思います。スピリチュアルに通じた人のお話の中で、「心を浄める」「愛を持って生きる」といったワードが並んでいることに気付きます。宗教との違いも分からないほど抽象的な表現であり、批判するのは困難です。しかし「嘘偽りない真実」との表現はどうでしょうか。これは少しいただけません。「真実」の定義にもよりますが、危険な匂いのする言い回しです。

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